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教員の現代経済ウォッチング

Vol.11 G7あれこれ

さる4月11日に、ワシントンで開かれていたG7会議が、共同声明を採択し、閉幕しました。G7とはグループ・オブ・セブンの略で、7カ国財務相・中央銀行総裁会議というのが正式の名称です。今回のG7は、アメリカのサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題に関連した世界的な金融市場の混乱の中で開催され、金融市場の安定化に向けて各国が協力して政策的な対応をすることを謳(うた)った点に際立った特徴がありますが、日本にとってはもうひとつ別の話題もありました。

それはすでにマスコミで何度も報道され、多くの方がご存知のように、会議に出席すべき日本銀行の総裁が直前まで決まらなかったことです。すでに副総裁に決まっていた白川氏が最終的には総裁になり、G7への参加にぎりぎりのところで間に合ったのですが、それまでの政党間の政治的な駆け引きは、現実の経済政策がマクロ経済学のテキストで想定されているのとはかなり違う状況の中で策定されるであろうことをよく示しています。

経済政策の策定に関連して、政党や政治家などがいかに自己の目的の実現を目指して行動するかということの分析は、公共選択論とよばれる経済政策論の学問分野の重要なテーマですが、この公共選択論を専門とする学者を中心に、「中央銀行の独立性」の問題は90年代からしばしば論じられていました。何人かの学者の研究結果によれば、日本の中央銀行の独立性は先進諸国の中では真ん中あたりに位置するはずなのですが、先日来の騒動を見る限り、それよりもかなり低いのではないかと思われてきます。

さて生臭い話はこの辺にして本題のG7に戻ると、その声明がプラザ合意として知られる1985年のG5から正式に始まった先進諸国間の政策協調については、授業でもよく説明するのですが、ある時期から学生諸君の反応がしだいに鈍くなってきたのに気づきました。「はて、なぜだろう」と思案してみてわかったことは、1985年当時にはまだ彼/彼女等は幼児であったという、ごく単純な事実でした。

自分の体験から学生諸君も当然知っているだろうと、こちらが一方的に思いこんでいただけだったのです。当時のことは歴史的な出来事として説明するように心掛けて、ようやく反応は回復するようになりました。

清川 義友清川 義友
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