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教員の現代経済ウォッチング

Vol.27 児童手当は出生率を引き上げるのか

民主党の公約の1つに「子ども手当」というのがある。マニフェストによれば、中学卒業まで子ども1人あたり月2万6千円、年間で31万2千円を支給するという(初年度は半額)。小学生は児童、中高生は生徒、大学生は学生というように日本では発達に応じて就学者の名称を区別する習慣がある。あるいは、こうした区別に過度に執着する大人がいる。「子ども手当」という名称はそのあたりを配慮しての造語のように思えるが、以下ではより一般的な「児童手当」という言葉を使うことにする。
宮澤 和俊

宮澤 和俊

児童手当の直接効果
政策の有効性は、人々が変化に反応してどのように、そしてどのくらい行動を変えるかにかかっている。「児童手当」のもっとも直観的な解釈は、子どもの養育に対する補助金である。子ども1人あたりの養育費が減るので、子どもを産みやすくなる。「経済的に無理だと思っていたが、手当が支給されるのならもう一人産んでもいいか」というように、出産行動を変化させる。養育費というのは平たくいうと、子どもの価格である。価格が下がれば需要が増えるという経済原理が当てはまるのならば、児童手当により出生率は上昇する。

児童手当の波及効果
さらに思考実験を続けてみよう。給付を増やすには、常識的には、増税が必要である。増税により若い世代の所得が減れば、子どもを持とうとする気持ちが低下するかもしれない。経済学の言葉でいうと、上述の直接効果は価格効果、税による可処分所得の減少は所得効果である。児童手当の政策効果は所得税制とつながっていることが理解されよう。

出生数が変化すれば将来の労働人口も変化する。そのため児童手当は年金制度ともつながっている。児童手当により将来の労働人口が増えたとしよう。高齢者1人の受け取る年金が一定ならば(現在、基礎年金は年約80万円で定額)、労働世代1人あたりの保険料負担は低下する。現在の親世代が、子世代の年金負担が軽くなることを喜ぶのならば、子を持つ動機は強められるだろう。

養育には時間がかかる。時間に対する考えも必要である。児童手当により出生率が上昇したとしよう。養育時間が増える分、若い世帯の労働時間は減るかもしれない。労働所得が減り、児童手当をもらっても実質的には貧困化するかもしれない。このような世帯では出生率の上昇は期待できない。つまり、児童手当は有効でないことになる。世帯の利用可能な時間を増やす、あるいは養育時間を短縮する別の政策との連携が必要になる。

政策効果の検証
政策実施後、出生率が上昇したとしよう。与党議員や評論家、ニュース解説者は「子ども手当」の政策のためというかもしれない。さらに、より慎重なメディアは街頭インタビューをして「手当のおかげで出産の踏ん切りがつきました」という言質を取るかもしれない。

しかし、たとえ出生率が上昇したとしてもその要因が政策のせいなのか、景気のせいなのか、あるいは他の社会的変化のためなのかはよく分からない。児童手当により人々の出産行動が変化した、あるいはより厳密にいうと、児童手当以外の要因では出産行動の変化を説明するのは容易ではない、ということを示す必要がある。

経済学者はたとえば次のように考える。仮に中学卒業まで児童手当が支給されることが決まったとしよう。3月生まれの子どもは中3の3月に15歳になるから、15歳でもらえる手当は3月だけである。しかし、4月生まれの子どもは15歳のときに12カ月分もらえる。その差は11カ月分、28万6千円である。つまり、可能であるならば出産時期を3月末から4月初めに遅らせた方が得をする。はたして政策実施の前後でこのような出産のタイミングの遅れが観察されるのだろうか。さらに、仮に第2子以降の方が出産のタイミングを意図的に決められるとすれば、第2子以降は4月生まれの子どもが増えるのだろうか。マニフェストによると、初年度は半額支給、満額支給は翌年度からのようである。そうだとすると、初年度と2年目以降で出産行動に差が出るのではないか。このような一見くだらなそうにみえる研究を地道に続けることで、政策により本当に人々が行動を変えたのかどうかを調べることができる。経済学の基本原理を身につけ、データの加工や統計的技術を磨くことは経済学徒にとって大切なことである。しかし、1つの変化がどのように波及するのか、そして何を調べれば検証できるのかを思索するプロセスこそが経済学でもっとも重要だと私は思う。


宮澤 和俊宮澤 和俊
専任教員紹介
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