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教員の現代経済ウォッチング

Vol.35 隣国の経験と日本

このコラムは、現代経済ウォッチングと題していますが、これから私が述べることは、現代に関わりのないことです。今年は、日本が韓国を併合してから100年にあたる年です。これを機会に日本の朝鮮支配を考える取り組みが様々な形でなされています。今までの経済史分野における日本の朝鮮支配に対する考え方は、朝鮮王朝時代より資本主義発展の萌芽があったにもかかわらず、日本の植民地支配によってその萌芽が破壊されたというものでした。しかし、90年代以降、こうした考え方に対して修正をせまるような研究成果も出されています。

ここに2冊の著作があります。一冊は、李榮薫編『数量経済史から再検討した朝鮮後期』、もう一冊は、金洛年編『韓国の経済成長』という著作です。李榮薫氏については、『大韓民国の物語』(文芸春秋)で名前をご存知のかたもおられるかもしれません。この2つの著作で述べられていることを大まかにまとめると、次のようになります。
福岡 正章

福岡 正章

18世紀に非常に安定していた朝鮮王朝は、19世紀に入ると危機の時代を迎える。19世紀の危機とは、山林の荒廃とそれに伴う自然災害の頻発、土地生産性の低下、人口の減少、実質賃金の低下、物価の上昇、統一的市場の解体などであった。こうした危機の社会的表現が甲午農民戦争に代表される民乱であり、最終的に朝鮮王朝は、滅亡する。一方、20世紀に入り、人口が増加に転じ、貯蓄率と投資率の上昇により、資本蓄積が進み、加えて日本からの投資、日本人技術者の流入、近代的財産権の導入などが行われ、経済成長の局面に入った。1910年から40年における朝鮮の経済は、年平均3.7%の成長をみせ、実質所得も年平均2.4%増加した。これは、世界的にも稀有な事例であった。

これらの対照的な事実から、日本が危機に陥っていた朝鮮社会を救済してやったという歴史観がある程度の根拠を持つものとして解釈する人もいるかもしれません。しかし、これらの著作を執筆した人達は、そう考えておりませんし、ましてや日本の植民地支配を肯定する意図もありません。では、どう考えているのかといいますと、もともと朝鮮人にそれだけの「文明」と「能力」の伝統があったというものです。また、日本統治が始まる以前の19世紀末から、朝鮮社会は、死亡率の低下、賃金の上昇などがみられ、近代的な経済成長へ移行しつつあったと理解しています。要するに、朝鮮が外からの刺激、すなわち日本からの資本主義的な制度の移植や投資に順応し、経済成長を実現しえたのは、朝鮮社会や朝鮮人にそれだけの条件や能力があっためであり、別に日本のおかげによるものではないという具合になるのでしょうか。実は、私自身もそう考えております。さらに、植民地期の変化としてより重要なことは、朝鮮民族が、技術者や近代的な行政管理を行う官吏、労働者、企業家など、経済成長の担い手となる人々を擁する民族に自己変革したということです。こうした人たちが植民地支配から解放された後の資本主義経済を担っていったと考えています。ただし、日本統治下で朝鮮民族が近代的民族に生まれ変わったということは、今日の韓国社会でも大きな争点となっている親日派問題を生み出していることを理解しなければなりません。

いずれにせよ、私達の隣人は、社会的危機の中で国家を失うという辛酸をなめ、異民族の支配を受けつつ、そうした自己変革をとげることができました。ひるがえって、今日の日本社会も様々な形で社会の疲弊がいわれております。私達には、そうした困難を乗り越え、新しい社会への展望を指し示す力量はあるのでしょうか。私は、あると信じてやみません。

福岡 正章福岡 正章
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