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教員の現代経済ウォッチング

Vol.41 生きること、働くこと

根本的な経済問題というのは、私たちがいかに暮らしを成り立たせるか、すなわち、いかに衣食住を確保するかにあると言ってよいでしょう。これは個人レベルにおいても国家レベルにおいても言えることです。チュニジアの青年が生活苦に抗議して焼身自殺したことに端を発したジャスミン革命の例を挙げるまでもなく、国民の生活が成り立たなければ国家は成り立ちませんし、また国家が成り立たなければ個人の生活も困難になります。

現代の私たちは、生活に必要なものすべてを個人や地域のコミュニティレベルで自給自足することはまず無理でしょう。国レベルの自給自足すなわち鎖国状態で国民が生活を成り立たせることもそうです。私たちの生活は他国との交易によって成り立っているのですが、しかし、厳然たる事実として、太陽からのエネルギーを除いて、私たちは地球全体として自給自足をしています。ここで問題となるのは、それが持続可能かというところにあります。例えば、ある地域で自給自足をしていても、それがその地域の資源を食いつぶしていくようなやり方であれば、いずれは生活が破綻してしまいます。同じことが地球全体についても言えるのであって、環境・資源・食糧問題としてこのことが顕在化しているように思われます。
岸 基史

岸 基史

ところで、私たちの生活は、自分(自分たち)で作ることができなかったり困難であったりする物を交換によって入手することによって成り立っていますし、またこのことによって私たちの生活に広がりができています。同時に、交換によって社会的分業が成り立ち、社会全体で様々なものをより多く生み出せるようになっています。この交換を行う場が市場です。市場での交換は、生活を成り立たせそれを豊かなものにする手段の一つであり、さらに、お金は市場での交換を効率的に行うための手段なのです。それが、個人レベルではいかにお金を稼ぐか、国家レベルではいかに財源を確保するかということになり、いつしかお金を獲得することが目的となってしまいました。お金の価値はあくまで交換価値であって、使用価値はほとんどありません。つまり、1万円札は1万円という値段がついているものと交換できるということに価値があるのであって、1万円札自体はインクが染みついた紙切れに過ぎないのです。あくまで手段に過ぎないお金を目的にしてしまっていては、どんなにお金があっても本当の幸せが得られないばかりか、社会全体としてもリーマンショックのようなおかしな事を引き起こしてしまいます。経済学者ケインズは、お金への愛着が投機を生み、市場を不安定なものにして失業を生みだす、と喝破しました。

ケインズは「生きるために働く必要がなくなったとき、人は人生の目的を真剣に考えなければならなくなる」と語りました(彼は哲学や芸術に人生の目的を見出しました)。今の日本社会においては、ケインズの言う「絶対的な必要」が満たされているといって良いでしょう。しかし今なお、多くの人たちが日々の生活費を稼ぐため時間に追われ、自分のことをじっくり考える余裕のない生活を送っています。就職活動がうまくいかない学生が、バスを横転させ自殺を図るという事件も起きました。哲学者ショーペンハウエルは、労働や困窮は人間の運命であるが、これらは誰もがまともに生きるために必要なことであって、願望が瞬時に満たされるような状況になれば、人は時間をもてあましろくでもないことを始める、と述べています。本当にそうなのでしょうか。それにしても生きる喜び、働く喜びというものが日本の社会から失われていっているように思えてなりません。生きること働くことについて、皆さんと一緒に考えていきたいですね。

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