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教員の現代経済ウォッチング

Vol.47 「経済」学と経済学-日本の「経済」観に込められた想いと展開

経済学は、明治の近代化にともなって、西欧の先進科学の一つとして、軍事・政治・産業の制度や技術と並んで、緊急に「輸入された」学問として始まりました。その意味で、経済学が日本人にとって、「バターくさい」科学であり、「違和感」がある側面は否定できません。

これには、実は、日本人が自ら、「経済」という言葉を作り、そのなかで人間と日本の発展をとらえようとした独自性が関係しているからだと考えられます。
西岡 幹雄

西岡 幹雄

「経世済民」という言葉を、どこかでお聞きになったことがあると思います。「経世済民」という熟語は、“国を治め経営することで民を救う”といった意味で、中国の古典にも盛んに出てきます。18世紀前半の太宰春台(だざい・しゅんだい;1680―1747)は、これを「経済」という一言で定義して、“天下国家にかかわる政治経済の枠組を円滑に運用できるように、施行・管理の策まで含めて提示する学問”としました。彼の目的は、「経済」を「利用」して、民の「利」となるような「制度建立」を図ることによって、人々が安定した豊かな生活を営むことのできる「厚生」の実現でした。

彼の「経済」を、今日の言葉で訳すれば、Political Economyといわざるを得ないのですが、私たちが思い浮かべるEconomics、たとえば、人間社会における生産と交換を探究する科学が経済学であるという定義とは、ずいぶん趣が異なります。

それでも、春台の真意―人々は「利」を追求できるようになったけれども、それはそれぞれの「利」との間で矛盾を生みだし、「利」がそのまま認められると、政治経済全体にかかわる「天下国家」が不安定になる。したがって、「利」と「天下国家」との間で体系的な解決が必要である―を、読み取ることは容易です。言い換えると、市場と公益との間で調整して、はたして人々の厚生が実現できるのだろうかという切実な意識があったから、「経済」が日本で誕生したと言えると思います。

さまざまなテーマ―たとえば、「利」の利害関係者と「天下」をどのように調整するのか、どのようなテキストがあるのか、人々の理念や思いはどうなるのか、市場状況が異なる三都(京江戸大坂)と地域との関係はどうするのか、もし交易が国内にとどまらず海外を含めるとどうなるのか、「厚生」を「民本位」に仕組みを代えるにしても、人々に根付いていないモラルと学習の状況で「経済」問題は解決できるのかなど―は、「制度組立」の実現性に不可欠なものとしてあらかた取り上げられていました。それらは、今日の経済学部の勉強や研究にとって重要な、認知経済学、情報の非対称性、福祉制度、セーフティネット、地域産業振興とそのための金融・資金調達、およびその機関設立、ゲーム論的状況認識、地域生産物と「日本国産」、そして「日本国」経済全体の認識と国際環境をめぐる諸問題と重なりあうのです。

このコーナーで私が強調したいのは、日本発の「経済」観であろうと、現代の経済学であろうと、いずれにしても今、日本の経済においてなにを解決すべきか、どのようにすれば、人間の「本当の厚生と豊かさ」は具体的に実現できるのかといったプロセスについて、何ら変わるものではありません。もし、日本の「経済」観に込められた想いを、新たに展開することができるとするならば、形式とスタイルだけの経済を追い求めることではなく、なぜこの問題が日本の経済社会にとって、今、緊要なテーマなのかを問うことにもなるでしょう。その意味で、日本発の「経済」に込められた真摯な取組と方法を、日本の経済学の相克と革新の中で追究することは、現代の経済のあり方と方向とを探るうえで不可欠な作業だと思っています。

西岡 幹雄西岡 幹雄
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