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教員の現代経済ウォッチング

Vol.8 イギリス奴隷貿易廃止200周年

アメージング・グレース(何と甘美なる響き) 道ならぬ私を救ってくださった。
かつて迷えし者が、今見出され、 闇を出でて、光の中にいる。

これはご存知のように、あの有名な「アメージング・グレース」の一節である。日本で、アメリカで、あるいは世界中で親しまれているこの歌の作詞者が18世紀イギリスの奴隷貿易船の元船長であったことはあまり知られていない。彼の名は、ジョン・ニュートン(1725-1807年)という。ニュートンは20歳ころから奴隷貿易船の船員として大西洋を航海し、25歳のときに初めて奴隷船の船長としてリヴァプールを出発し、西アフリカのシエラ・レオネから西インドのアンティグアに奴隷を運んだ。その後奴隷貿易の仕事をやめてからリヴァプールの税関職員となり、38歳のときに英国国教会の教区牧師になっている。「アメージング・グレース」が収められている『オウルニィの讃美歌集』が出版されたのは、彼が54歳のときである。
布留川 正博

布留川 正博

このころからイギリスでは奴隷貿易に反対する人々が結集しはじめていた。ジョン・ニュートンもこの流れのなかに身をおいた。この過程でのちにイギリス議会で奴隷貿易廃止法案を提出することになるウィリアム・ウィルバーフォースと知り合った。1787年にはロンドンに奴隷貿易廃止委員会が結成され、奴隷貿易廃止キャンペーンを全国的な規模で展開した。マンチェスター、ヨーク、シェフィールド、バーミンガム、エジンバラなどで廃止のための議会請願運動が展開された。奴隷労働に基づく西インド産砂糖に対するボイコット運動も起こった。こうした大衆運動を背景に議会ではウィルバーフォースをはじめとする奴隷貿易反対派議員たちが廃止法案を通過させるための活動を執拗に展開した。その結果、1807年3月25日に奴隷貿易廃止法は制定された。

2007年は奴隷貿易廃止200周年を記念する年となった。ブレア前首相は2006年11月に「(奴隷制)を深く恥じる」と遺憾の意を表明した。2007年3月にはウィルバーフォースの生誕地ハルからロンドンまでの約400キロを歩く「鎖の行進」が敢行された。そのほかロンドンの大英博物館や自然史博物館、ブリストル、バーミンガム、ボールトンなどの博物館でも記念の展示がなされ、イギリス全土で奴隷貿易とその廃止の記憶を再生する取り組みが行われた。

しかし、問題は現代でも奴隷取引や奴隷制が存在するということだ。ロンドンに本部をおくAnti-Slavery Internationalの推計では世界に少なくとも1200万人の奴隷が存在している。タイ、モーリタニア、ブラジル、パキスタン、インドなど世界中で奴隷の存在が確認されている。その中心は女性や子供たちである。私たちは、200年前の歴史的過去の出来事を想起するとともに、現代の貧困が生みだす奴隷の存在にも目を向けなければならない。

布留川 正博布留川 正博
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